【ぜったい離婚!から素敵な夫婦三昧|浮気関連書籍要約集】

配偶者との関係回復を目指す人に

浮気や離婚の関連書籍の要約を紹介するコーナーです。

 

今回の本は下記。

 

「ぜったい離婚!から素敵な夫婦三昧」 
金森浦子 著 佼成出版社 1,400円(税別)

 

著者は東京心理教育研究所を主宰するカウンセラー。

 

配偶者の浮気の原因が、あなたと価値観が合わないとか、あなたと居心地よく過ごせないことなら、役に立つかもしれません。

 

 

プロローグ

離婚するしかないと思われた夫婦が、その後いい関係になっている例は多い。

 

ひとつは子に導かれて(子育ての苦労を通じて)そうなるケースが結構多い。

 

著者の考えでは、夫も妻も子も「自分三昧」をすることが夫婦円満の秘訣だという。

 

第1章 「夫婦なんてどうせこんなもの」ですか?

今時、相手がまったく嫌だが親の意向で結婚したような人は稀。

 

きっかけが恋愛であれ、見合いであれ、出会い系であれ、多少なりとも気に入って結婚している。

 

それなのに離婚を考え、本当に幸せな夫婦などいないと考えてしまうのはどうなのか?

 

そういう相談者には、まずは本気で離婚するという選択肢を考えてもらう。

 

離婚、離婚といっていても実行できないと分かった人は、初めて歩み寄りが足りないのではないかと気づく。

 

結婚の時は「価値観が同じ」などと言っていてもそれは誤解で、性差もあるし、違いが多いことに気づくのは当たり前。

 

違いを受け入れて折り合っていく気持ちがなければ、どんな相手とも結婚生活は営めない。

 

生活上の好みが違いすぎてぎくしゃくしていたが、その後うまく行っている夫婦の実例がある。

 

どうやったのかというと「受け入れられるところは受け入れ、無理なところは相手に任せて文句を言わなくなった」らしく、それで特に困ったことも起きていない。

 

夫婦は互いが交互に親の役割を果たす関係。助け、助けられ、甘え、甘えられる。

 

しかし、片方が一方的に親の役割を演じている関係もあり、それは長く続くと負担になる。

 

その時、はじめて離婚カードを切ってみるとよい。離婚という選択肢を真剣に考えるということ。

 

それにより、改めてまだ努力の余地があると気づくかもしれないし、あるいは離婚を決意できるかもしれない。

 

限界まで努力した上での離婚は、少なくとも片方に状況の好転をもたらす。

 

さて、日本では互いに「お父さん」「お母さん」と呼び合っている夫婦が多いかもしれないが、単なる同居人を示すような呼び方で、淋しいことだ。

 

相手を名前で呼ぶようにすると相手も応えて、二人の関係は変わる。

 

第2章 どうせの夫婦が素敵な夫婦に変わるとき

愛はエネルギーのひとつで、豊かなところから流れ出す。

 

不足している場所はそこが満たされて初めて他の場所へあふれ出していく。

 

このように愛は連鎖するので、子供が愛に飢えているのは、親の愛が不足しているからである。

 

不登校、引きこもり、非行、神経症、摂食障害などに苦しむ子供の両親には必ずといっていいほど、根深い不和がある。

 

表面化していなくても、心を閉ざしあって平然と生きている。

 

しかし、子供の心理的問題が表面化するのは、夫婦の関係を改善する絶好のチャンスでもある。

 

著者の相談者たちは、「子供の心と向き合う中で自分たちのことを見直さざるをえないところに追い込まれた」と異口同音に言うという。

 

あらゆる出会いは自分を変え、器を広げてくれる。

 

ただ、友、師、仕事、趣味、恋人などとの出会いは、別離という選択肢があり、自分を変えずに済ませることもできる。

 

しかし、子供だけはそうはいかない。だからこそ、自分を広げてくれるチャンスをくれるのだ。

 

ある相談者の事例

子供が高校時代から数年来の引きこもり状態にあることについて、夫婦は互いに責任をなすりつけあっていた。

 

カウンセリングを重ねるうちに互いへの非難はやわらぎ、夫婦の不和が子供に苦痛を与えていたことに二人は気づいた。

 

すると子供の暴力が和らぎ、やがて完全に安定した。

 

著者は夫婦が互いに居心地よくなる具体的な「工夫」を提案した。(著者は、つらいイメージがある「努力」という言葉を使わない。)

 

状況はさらに好転し、息子は毎日外出するようになった。

 

しかし、再び危機が訪れた。

 

息子はよく外出するようになり、絵に創作意欲を示し始めていたので、母親がそれを後押しするようなことを言ったことが息子の機嫌を損ねた。

 

父親はその場で母親を非難し、それを機にまた不和が始まって、子供の状態も悪化した。

 

著者のアドバイスで夫婦は反省し、その後、息子の状態も改善している。

 

 

 

人間の心はなかなか変わらず、好き嫌いも変わらない。

 

しかし、家計を破綻させるような癖や酒癖はともかく、ちょっとした悪い癖くら許容しても、実害はないのではないか。

 

こちらが相手を許容し、態度を変えることで、たいていの場合、相手も態度を変え、関係は好転する。

 

相談者の事例2
離婚を選び、別居。子供の前で夫の悪口は言わないことというアドバイスを、相手の嫌がらせにあっても貫いた。

 

今では相手のよかったところ、なぜあのようにしか生きられなかったのかということも理解できるようになった。

 

著者曰く、「子供のためを思えばこそ、離婚しないで頑張った」というのは、大人の側での身勝手な言い逃れ。

 

子供を被害者にしながらの、ゆがんだ形での自身の人生の正当化にすぎない。

 

相談者の事例3

金をはじめすべてを夫に管理され、不平不満のかたまりの主婦。

 

著者のアドバイスで、文句を言わずに、常に相手に感謝し、いたわるよう努力した。

 

3年を経過した今、家計もまかされ、満足な夫婦生活を送っている。

 

第3章 言葉に出しても伝わらなかった心

日本人は昔から以心伝心が美徳のように言う。

 

自然にできて夫婦ともども快適ならそれもいいが、相手ができないからといって不機嫌になったりするのは甘えでしかない。

 

言葉による説明も必要だし、言葉を尽くしても分かり合えないことすらある。

 

夫婦はもとは他人なのだから、互いにわかりあおうとする努力が必要で、それが愛というもの。

 

夫婦喧嘩は必要なもので、それがない場合はあきらめやどちらか一方の我慢がある場合が大半。

 

ただ、不毛な喧嘩や暴力に発展しないように喧嘩するコツがあって、それは「まず相手の感情を受け入れる」ということ。

 

「わかってもらえない」という人は、たいてい「相手をわかろうとしない」人。

 

事例

夫がパチンコ浸りで大金をつぎこんでいるという久美さんに、非難をやめて家の居心地をよくしてみたら、とアドバイス。

 

すると夫がパチンコに行く頻度が次第に減少。

 

やがて「俺は自暴自棄になりかけていた。久美が俺を救ってくれた。」と反省の弁まで。

 

ゴルフ三昧とか、外で飲んでばかりといったケースも同様のことが多い。

 

 

 

愛情を言葉で伝えたり、手をつないだり、プレゼントを贈ったりしよう。

 

最良のコミュニケーションは互いに居心地がいい状態にすること。

 

その第一歩は意外に簡単で、できるだけ機嫌のいい言葉を口にすることだ。

 

また、二人の間で現に見えている以外のこと(過去や家の外のこと)を追及しすぎないことも大切。

 

第4章 してくれなくても、させていただく

人間は自分が一番大切。そこを無理して滅私奉公するから苦しくなる。

 

無償の愛に生きているように見える人も何らかの見返りを受けて満足を得ている。

 

人のために生きるのをやめよう。自分の満足と喜びのためにすべてと関わっていった方がいい結果が得られる。

 

房恵さんの事例

夫との間に交流がない房恵さんに著者は夫へのプレゼントを提案した。

 

しかし、ピンと来ない様子で実行もしないので、自分自身へのプレゼントを提案した。

 

名目は「女として生まれ直す記念日」。

 

房恵さんはそのついでに夫へのプレゼントも買ってしまい、その後も夫にプレゼントするようになった。

 

そこから夫婦の関係が温かいものに変わっていった。

 

房恵さんは気づいて言った。「行き交いがなくなってしまったら、待つのではなく、自分から差し出してみないと始まらないんですね。」と。

 

 

 

愛が欲しかったら、まず「投資」としてこちらから差し出すこと。

 

我慢や頑張りは、必要なこともあるが、あまりいいものではない。

 

我慢ばかりしている人は他のすべての人も我慢すべきだと考えるようになり、頑張ってばかりいる人は頑張っていないすべての人を許せなくなるものだ。

 

ありのままの自分を受け入れると、相手のことも許せるようになる。

 

あずみさんの事例

仕事、主婦・母親業のすべてに頑張ってきたあずみさんは、自分ほど頑張っていない夫に不平不満だらけだった。

 

しかし、自分自身がリストラされて落ち込んだ時に、変わりなく受け入れてくれたのは夫だった。

 

それ以来、夫は特に変わっていないのに、あずみさんの不平不満は消えた。

 

 

 

夫婦の双方が大人として精神的に自立していてこそ、本当にいい夫婦になれる。

 

よく夫婦は二人三脚だというが、二人四脚こそが理想の姿。

 

片方が自立を始めれば、相手も自立してくる。

 

第5章 気づいたら夫婦それぞれ自分三昧

戦前、日本の家族は家父長制だった。

 

戦後、「ニューファミリー」という和気あいあいとした家族像が生まれたが、そこには互いの束縛しあう疎ましさも内在していて、やがて離婚が増加して幻想が瓦解する。

 

一人一人が自分の満足を追求できてこそ、いい家族になれる。

 

ニューファミリーは、家父長制からそこに至るまでの過渡的家族像だった。

 

ある家族の事例

茂美さんの夫は、仕事と家族しかない人だった。

 

とてもいい夫だったが、子供が一人の時に、茂美さんは男としての物足りなさを感じた。

 

それを打ち消すために子供をもっと産んで、子育てに没頭した。

 

子供たちが巣立った後、茂美さんはもう一度自分の世界を持ちたいと思うようになった。

 

そして、家にいるだけの夫に疎ましさを感じるようになった。

 

子供も同じようなことを感じていて、長女曰く。

 

「お父さんを見ていると哀れになってしまう。私たちがそれぞれに生きようとしているのが罪のように思えてしまう。娘としてお父さんに本当に感謝している。でもお父さんが父親としてではなく、ひとりの人間として生きてくれなければ悲しいんだよ。」

 

茂美さんは「ときめきたい。夫を尊敬したい。」と訴える。

 

夫は、「家族のため」といいながら依存の心で過ごし、自分自身と向き合ってこなかったことに気づき始めている。